「朝の祈り」


昨日は眠れない夜だった。
ここ最近では珍しいことだ。
ぐっすり眠り、朝は日が昇ってからゆっくりと起きることが多かった。
部屋が明るくなってきたころに目が覚める。
それが自然なリズムだった。

昨日の夜は、なぜ眠れなかったのかあまり思い出せない。
けれど、眠る前に「明日は必ず朝日を見よう」と誓ったことは覚えている。
南の島で見る日の出。
きっととても美しいに違いない。
何より、ボクは朝の澄んだ空気が大好きだ。
残る時間はあと少し、素晴らしい体験を見逃したくなかった。
さらに、もうひとつ大切な理由があって今日は起きなければならなかったのだ。


朝5時すぎ、久しぶりにセットしたタイマーが鳴った。
ボクは朦朧とする頭で、今日は起きねば、と呪文のように唱えた。
目覚めはよくなかった。
ぐるぐるといろんな思いが頭をかけめぐり、浅い眠りについたかと思うとまた起きている、そんな状態が続いたように思う。
繰り返しが続き、ボクは疲れ果てた。
そしてようやく眠りにつけたと思ったら、もうタイマーが鳴っている。

ボクはもう一度、今日は起きねば、と唱えた。
重いからだを引きずり、ともかく服を着替えて顔を洗う。
日の出を見たらもう一度寝ればいい。
顔を洗ってもすっきりしない自分にそう言った。

朝日が登る海岸はすぐそこだ。
すでにすこし明るくなりはじめている。
こんなに近いのに、毎日チャンスがあったのに、ボクにとっては遠い日の出だったな。
そう思いながら砂浜を歩き出した。

数名の観光客が日の出を見るために砂浜で座っている。
海の向こうで太陽が顔をだしはじめた。
色が変わる。
刻々と変わる。
ボクの中にすこしずつ力が湧いてくる。
今日がはじまる。

重い体はすこしだけ軽くなり、ボクは砂浜を歩き出した。
思わずシャッターを押す。
色が変わる。
銀色の世界に色彩が生まれる。
それは、まさしく世界が生まれかわる瞬間だった。
死から生へ。

これが毎日繰り返されているのか。
ボクはつぶやいていた。

海の向こうでは波ひとつない海面を舟が進んでいた。
漁師の舟だ。
バシャ、バシャ、と時おり音がする。
漁師が長い棒で海面を叩きながら進んでいる。
静かな海に遠く聞こえる音。
舟は太陽に入る。
小さなシルエットが影絵になって、存在感を増す。

体に力がみなぎってくる。
ボクは砂浜を歩きながら朝日から無限のエネルギーをもらった。


さぁ、もうひとつやらねばならないことがある。
ボクは砂浜を歩きながらしっくりくる場所を探した。
おわかれをしなければならなかったのだ。

昨日の夜、ふと気になって調べ物をした。
ボクの日課となっていた海からのおくりもの探し。
たからもののような珊瑚や貝殻たち。
持って帰ってあの人にあげようか。
これは箸置きにして使おうか。
いろいろ考えて眺めるのはこの上もない楽しみだった。

けれど、これは本当に持って帰っていいのだろうか?
そう思ったのだった。
調べてみると、禁止されていることがわかった。
ま、これくらいの量なら大丈夫。
でも、気になるからもっと選んで量を減らそう。
これはボクのものだ。
強い想いがあり、強い愛着があるから手放したくはない。
けれど、心のどこかに違和感も生まれていた。
ボクは部屋をぐるぐると歩きながら考えた。
持って帰ったたからものたちが自分の部屋にあるイメージをしてみた。
何かしっくりこない。
けれど、手放すのはとても惜しい。
ボクは何度も何度もたからものたちを眺めていた。

すると、わたしが小さな声で教えてくれた。

「あるべきものはあるべき場所へ」

さっと視界が広がり、霧が消えた。
ボクは覚悟を決めていた。
明日、おわかれをしよう。


誰もいない砂浜、ボクはふと立ち止まった場所をおわかれの場所に決めた。
海のたからものが入っている袋をあけ、彼らを彼らの場所へ。

欠けていたピースが埋まる。

帰っていく、もっともふさわしい場所へ。

波が珊瑚を洗う。
珊瑚たちはすこしずつ丸くなり、小さくなっていく。
大きな時間の中で、この白い砂浜の小さな小さなピースになる。


ボクは気がつくと手をあわせていた。
涙が流れていた。


失うことは悲しいこと。
失うことは手放すこと。
失うことは勇気がいること。
失うことは手に入れること。


そうわたしがささやいていた。


ありがとう。


ボクは砂浜をあとにした。
太陽がまぶしく輝き、素晴らしい一日のはじまりを祝福していた。
 

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