酔芙蓉と秋の夜長

朝、母が庭にスイフヨウが咲いてるよと声をかけてくれました。
庭には真っ白な花が咲いていて、僕はふ〜んとそれを眺めました。
夕方、その花はきれいな赤に染まっていました。酔った芙蓉、素敵な名前で美しい花です。

話は変わりますが、先日、奈良の金峯山寺で行われた「A sense of home」という映画の奉納上映会に行ってきました。
河瀬直美監督が世界の映画監督に向けて呼びかけ、3分11秒の映像が集まって出来た映画です。
会場にはビクトル・エリセ監督(僕が好きな映画監督)も来場しており、久しぶりの芸術鑑賞でした。

芸術作品を見て、あまり批評をするのは気がひけますが、僕が思ったことを書きたいと思います。
僕にとって3.11の震災は本当に衝撃でした。
ちょうど10年前、9.11の時僕は20歳でした。
それから10年、様々なことが世界や自分の周りで起こりました。
10年という歳月は振り返るとあっという間のできごとでした。
今年、3.11が起こった時、あらためて今の自分の生き方を考え直すようにつきつけられた感じがしました。
大地震、大津波、そして原発事故。
あまりに衝撃的で、痛みと怒り、悲しみの感情が押し寄せてきてしばらくは冷静さを失っていたように思います。
震災に会われた方々には想像を絶する体験をされた方が多くおられると思います。
僕はどう言葉を発していいかわかりません。今はただただ祈りの気持ちがわいてきます。
何かせねば、そう思う気持ちも強くあります。
この出来事で人生が変わった人は多くいると思いますが、僕にとっても一つの傷として心に焼き付きました。
そして、まだこのことは終わっていません。むしろはじまりとも言えるように思います。
津波で流された多くの場所の復興、そして現状さえもはっきりわからない原発の終息。
自分たちが営んできたこの社会のあり方そのものへの根本的な見直しが迫られているように思います。
自分にとっての本当の幸せは何だろう?
この問いをもう一度問い直さない限り、もう前に進めない状況になりました。
今回のことは目に見えてなかったことが目に見える形であらわれたのですが、問題はずっとすぐそこに横たわっていました。そしてこれからもあり続けます。
できるだけ目をそらさないように生きていきたいです。

ビクトル・エリセ監督の3分11秒はストレートでした。
僕は、彼が映画監督である前に一人の人間として発したかったことがあるように思いました。
そしてそれは僕にとって、一人の人間として最も大事にしたい何かに触れたものであったと思います。

具体的に今必要なこと、復興への道、そして放射能への対策、台風で被害を受けた場所の対策、、、
日本にも世界にもこのこと以外にも目の前に横たわる多くの多くの問題、そして必要なことがあります。
立ち場が違えど、一人の人間として感じることこそが大切なものの優先順位を決められるように思います。
自分にとっての本当の幸せは何だろう?
もう一度この問いがかえってきます。

庭にさく美しい花を愛でることができる。
そこには小さいけれど深い喜びがありました。
僕は、ここからはじめることを大切にしていきたいと思います。

Takao

2 コメント :

  1. ほんとうやね

    人間のまわりのものは変わらずそこにあるし、居るし、純粋にただ生きてるもんね

    人は【考える葦】だって受験勉強の現代文の問題文であったけど、考える葦としての生きかたを考え続けて生きるんやね

    やっぱり
    愛をもって生きたいな

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  2. 書き込みありがとう。
    なんやら秋はいろんなことを考える時間が多くなるように思います。
    僕も愛をもって生きたい。
    いろんなことがあっても愛があれば解決するものね。
    また連絡しま〜す

    返信削除

 

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