「ジャータカ物語 インドの古いおはなし」

「ジャータカ物語 インドの古いおはなし」辻 直四郎/渡辺 照宏 訳
岩波少年文庫

う〜む、これはかなり説教くさかった。
と思ったら、説法なんだからそれでいいですね。

なかなか興味深いお話がたくさんあるのですが、かなり道徳感が強いです。
その道徳観は、自己犠牲の美徳、つつましさの美徳、謙虚さの美徳、、、
日本人はかなり素直に受け入れるであろう美徳ばかりです。
それもそのはず、ジャータカ物語はお釈迦様の前の世の物語で、釈迦の弟子たちが釈迦の教えをわかりやすく伝えるために物語にしたものだからです。
はるか昔、遠くのインドのこの物語は日本人にかなり浸透したのだろうと思います。

このお話の出だしは、ほぼすべてボーディサッタ(後に仏になる人)が主人公です。
ある時は聖者、ある時はサルの大将、ある時は王様、、、
いろんな姿に生まれかわってボーディサッタのお話が続いていきます。

僕は輪廻転生を実感として持っていないのですが、この考え方ってとてつもなくすごいものなのかもしれないと思いました。
今生きていることが生まれる前と来世につながっているという価値観は、人間の行いをよいほうにも悪いほうにも導くように思います。
よいほうで考えると、今の苦しみを、来世のことを考えることによって乗り越えられます。
悪い方では、今障害を持っているのは前世の行いが悪かったからだということになってしまいます。
ま、両者の例は限りなくあると思いますが、今自分が生きているということに対して強い影響力を持つのが輪廻転生の考え方ではないかと思うのです。
僕は何でも正の部分と負の部分を両方持っていると思っています。
僕の考え方でいうと、その力が強ければ強いほど、大きな正の部分、大きな負の部分というふうに全体として影響力が強いように思うのです。
感じとしては、波紋のようなイメージです。
大きな波紋は小さな波紋を消してとても強い影響を与えます。
こうなると、いいとかわるいとかでなく、その影響がどう及ぶかが問題になってきます。
僕たちは必ず死にますが、死人に口なしで、死の世界を語ってくれる人はいません。
その時に、この輪廻転生という概念は決定的に僕らの考え方に影響を及ぼすように思えます。
この考え方はどこから生まれたのかわからないのですが、この考え方は宗教的発明のひとつでしょう。
原子の世界で見てみると、僕らが生まれて死んでを繰り返していることは、原子の配列が変わっているだけで、もしかしたら僕を構成している原子は100年後どっかの猫が使っているかもしれません。基本的に地球の中でぐるぐると輪廻転生していると言えるようにも思います。だからと言って、僕が猫に生まれ変わったとは言えないでしょうけど。
だってそもそも、僕という存在自体、絶えず新陳代謝を繰り返して入れ替わり続けている存在ですから。僕と世界の境界線はミクロの目からすると曖昧きわまりないですし。
原子という物質的側面からも曖昧ですが、自分という意識的な存在で考えても、今と過去の自分がどこまでが自分なのかとらえられない、とても曖昧なように思えてしまいます。

輪廻転生という概念は僕にどれくらいの影響を与えるのか今のところあまりわかりません。
けど、たぶん決定的な影響とまではいかないかもしれません、それは、僕は他にも強い影響力を持った概念をいろいろと知ってしまっているから。

話しが本の中身からずいぶん飛躍してしまいました。
考えるきっかけをくれたこの本、オススメです。


Takao




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